| 三七式裝脚戰車 | ||||||||||||||
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初の本格的国産装脚戦車。「三六式七十五粍車載榴彈砲」を旋回砲塔に搭載、「三七式射撃指揮裝置」によって行進間射撃も可能である。足回りは「アルノルディ式懸架起重脚」を独自に発展させた機構で、良好な運動性を発揮する。 先の大戦の戦訓からこの一世紀間、国防陸軍は積極的に兵力の機械化に取り組んできた。しかし山岳地帯における歩兵の近接支援火力は依然として人力牽引に頼る歩兵砲と重機関銃のみであり、守るべき国土の大部分が山地である陸軍にとって、山岳でも使用できる歩兵支援車両の開発は常に課題として取り組まれてきた。 2020年代後半、陸軍はその答えとして、中央アジアにおける紛争に欧州各国が試験投入した、脚で歩行する装甲車-Legged Fighting Vehicle:装脚戦闘車-に着目する。早速数種を輸入して研究を開始し、その中で「アルノルディ式裝脚戰鬪車」を参考に「試製一號裝脚戰鬪車」(のちの三四式)を完成させた。そして試験走行で良好な結果が得られ、陸軍技術本部は装脚戦車の国産化を決断。陸軍造兵廠と民間の荒川瓦斯電気にて共同開発が開始された。陸軍の要求した主な性能は、歩兵砲並の火力と機銃弾を防ぐ程度の装甲防御力を有し、行進間射撃が可能であることであった。 1年半後に試作車は完成。その後山地での運用試験を経て制式化されたが、生産工程が複雑であるため配備はあまり進まず、部隊を細切りにされて運用される場面もしばしばみられた。
五式平射歩兵砲
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擲弾筒と野砲の中間に位置する短砲身75mm口径の簡素な軽量火砲で、歩兵大隊において基本二門一組で運用される。 | 歩兵の前進を阻む機関銃座やトーチカに対して直接照準で砲弾を撃ち込むための火砲である。使用弾薬は「五式七十五粍榴彈」と「五式七十五粍徹甲榴彈」を用いる。 砲架は三脚型のほかに鉄製/木製車輪型も存在した。「三七式裝脚戰車」の主砲「三六式七十五粍車載榴彈砲」は本砲の改造型であり、以降様々な装甲車両に搭載砲として採用されている。
BRDM十八型裝脚偵察車
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共産陣営をはじめ途上国などで最も多く使用されているロシヤ製の装脚式偵察・斥候車両。 | 一対の起重脚は構造上機敏さには欠けるが構造が単純で整備がしやすく、 途上国でも容易に扱えるのが大きな特色である。車体上面には「KPV十四.五粍車載重機關銃」および「ゴリノフ四十三年式七.六二粍重機關銃」を装備した旋回砲塔を装備しているが、これは「BTR型裝甲車」からの流用である。
RT四十四型偵察戰車
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威力偵察や歩兵支援に用いられるロシヤ陸軍の装脚戦車。走行装置はフィンランド製の森林開発用重機を原型とする「ホルトハウゼン式懸架起重脚」を採用、採用当時としては破格の快速性を誇った。車体は極めて軽量に作られており、空挺作戦にも対応している。 | 主砲の「六十五粍低圧滑腔砲」は、専用の65mm対戦車弾を用いると一世代前の戦車に匹敵する火力を得られる。しかし額面どおりの品質が保たれた砲弾は十分に行き渡っておらず、砲の真価を発揮する機会は乏しい。
三一式重機關銃
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もともと日本国防軍は、昭和20年の日ソ戦争時に連合軍側の戦力として米軍指導のもと帝國陸海軍を再編成した組織である。 | よって当初の装備は、旧軍から引き継いだものと米軍からの供与品から補われていた。 中でも旧陸軍の傑作機関銃であった[ 九二式重機關銃」は、20世紀半ばから続く事になる世界的な技術停滞という背景もあり、その後長年にわたり第一線で使用され続けるに至った。 しかし開発から90年を超えると流石に設計上の老朽化が指摘されるようになり、新たに整備された工業規格に適合した後継機関銃が開発される事になった。陸軍の要求に沿って開発された新式は非常に簡略化された構造であったが、九二式の特徴を実に色濃く残しており、この一世紀間の技術停滞を象徴する銃となった。改造型に「三一式車載重機關銃」がある。
三四式裝甲警戒車
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ドイツの発明家ペーター・J・アルノルディが私財を投じて開発した「アルノルディ式裝脚戰鬪車」は、それまでの装脚車輌に比べ圧倒的に簡略化された独自の足回りを採用していたが、当初のお目当てであるドイツ陸軍に売り込みを行うも採用されずに終わった。しかしいくつかの国は彼の発明に興味を持ち、数台が外国の陸軍へ売却された。そのひとつが日本国防陸軍であった。 | 日本発の国産装脚戦闘車輌である「試製一號裝脚戰鬪車」は、この「アルノルディ式裝脚戰鬪車」を参考に製作された。武装は固定戦闘室に「エ式二十粍機關砲」を搭載し、車長用展望塔は「三一式車載重機關銃」を備える旋回銃塔となっていた。本来この「試製一號」は本格的な装脚戦車開発の為の評価試験用であった。しかし捨て置くには惜しい長所を持っていた為、若干の改良を加え、山岳での偵察・警戒用の軽装甲車輌「三四式裝甲警戒車」として制式化した。
テリヤス三型輕裝甲自動車
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装軌車両の普及により装輪装甲車両は第一線から消えかかったが、道路網や技術(特に天然ゴムタイヤ)の発達に伴い、見事に復活した感がある。この「テリヤス三型輕裝甲自動車」は日本の巨大コングロマリットである照安財閥傘下のテリヤス工業が輸出用に生産している装甲車である。同社が製造している民生用の四輪駆動車のシャーシに装甲車体を載せた簡易構造であり、機銃塔を二基乗せているのが外見上の大きな特徴である。テリヤスはこれを独自のルートで諸外国へ大量に輸出しており、東亜共産陣営諸国も多く保有しているとされる。
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T五十五型中戰車
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現在殆どの社会主義諸国の陸軍戦車部隊は、大戦で活躍した「T三十四型中戰車」の発展型とこの「T五十五型中戰車」によって構成されている。「T五十五型」は1950年代初頭、当時は現実感のあった"来るべき世界最終戦争"においてソビエト陸軍の主力戦車となるべく開発された戦車である。世界に先駆けて木炭ガス発生炉を標準内臓し(それまでの戦車においては追加キット扱いであった)石油資源争奪戦争下での作戦行動に対応した設計となっていた。 | その後始まる世界技術停滞により長く第一線で使用されることとなり、多くの紛争に参加している。初期型は76.2mm砲を搭載していたが、後に85mm砲を搭載した型も出現し、西側各国を震え上がらせたという。 |